房総の景勝地の一つ、日在を探検してきました。

海!そして

夷隅川河口から延びる入り江。夷隅川は昔、河口付近でグニャグニャに曲がっていたようです。たくさんの鳥の鳴き声がしていました。
この地は森鴎外や梅屋庄吉が愛したといわれています。って、梅屋庄吉って?無知な私はこの梅屋庄吉さんについて調べてみました。
梅屋庄吉さんと切っても切れない仲といえば孫文さんです。辛亥革命の主人公ですね。この革命で中国に中華民国が誕生したわけです。
ふたりが初めて出会ったのは1895年、孫文29歳、梅屋庄吉27歳の時です。場所は、梅屋が香港で開業した「梅屋相照館(うめやそうしょうかん)」という写真館だそうです。

(日在には庄吉さんの別荘地の跡があります)
「四億の民を救い、アジア人の屈辱をそそぎ、世界の人道を回復するには、まずわが国の革命を成就させなければならない。私たちを支援して欲しい」
という孫文の要請に、梅屋庄吉は
「君は兵を挙げよ。我は財を挙げて支援す」
と応えたそうです。それからというもの梅屋庄吉さんは孫文を支援し続けました。梅屋庄吉さんが無償で革命のために投じた資金の総額は、現在の貨幣価値になおしてなんと2兆円!?といわています。

(別荘地跡から松林を抜ける細道を抜けると入り江、そして海に出ます)
香港に写真館を作っていた梅屋庄吉さん、そんなお金をどうやって作ったかというと、ずばり「映画」。
昔々懐かしい500円札の板垣退助に映画作成を依頼されたこともあったとか。映画会社を作り、日本で2番目に映画撮影所を作ったそうです。のち他の映画会社と統合し、日活が誕生したそうです。日本映画界の父というわけです。そんな方の別荘が日在にあったわけです。梅屋庄吉はJR外房線の三門駅で倒れ、帰らぬ人となったそうです。